毒おんな@ザ・スズナリ

あ、あのヴィトンのバッグ、私物だ。

 

と思わず思うぐらいにはコイズミファン。
そんなことお前の知ったこっちゃねーだろう、と本人にも思われるだろうし、自分でも即ツッコミつつ、でも、

 

あー今後、このヴィトンのバッグを持てる、MEKURUのあの部屋に住み続けられる、生活水準って保てるんだろうか、この方は。
何が起きるか、より分からなくなったよなぁ。。。

 

と、朧げに思いながら、観ちゃいました。
ほんとそんなの、お互いにとって、知ったこっちゃねーんだけど。

でも、2月1日のあの感じから、表に出る初めての仕事がスズナリって超いい。
そして、小泉今日子の生活水準より自分の生活水準を気にした方がいい、私は。


といったところで、『毒おんな』スズナリ初日でした。

 

小泉さんの役は、中盤以降から完全に毒を分かりやすく吐くようになるのだけれど、その毒が強まれば、強まるほど、「この人の芝居が好きだな、長く、永く、観ていたいな」という想いが強まった。


最後はまた祈る。
永く、観ていられますように、と。

 

小泉さんの中には底知れない暗さがある。
役を通してその暗さに触れるような感覚。
正直に言うと怖いもの見たさ、でもあったりする。
小泉今日子は本当に恐ろしいよ。
何をどう体験してきたらあの暗さ、闇が出るのか、私にはちょっとわからない。
でも怖いものが見たい。

 

ってか、スズナリに「小泉今日子」が出るとかアタマ狂ってますよね。

 

この方の一番狂ってる、一番すげぇところは「小泉今日子」のまま、スズナリにも馴染むところだと私は思っていて。
私はいつも演劇を大事に思っているんだけれど、小泉さんは超スーパーアイドルな経歴を持ちつつ、今、演劇を大事に思っていてくれる感じがするので、より今の小泉今日子が好き。

 

「キャーーーーーー!!!!」

 

っていう暗転からの小泉さんの叫びが芝居全体の第一声。

初日から第一声でこの叫び声をキチンと出せるだけの舞台女優なのです、キョンキョンは。私は役者じゃないからわからないけれど、私が観客として思うに、スゲェことなのです、おそらく、これは。
ちょっとした目線とか、仕草とか、巧いなと思う瞬間が、私が堤真一秋山菜津子目当てで通った『労働者M』ぐらいの時期から比べると、格段に増えた。
それはもはや比べ物にもならないレベルで。

目を惹く巧さから、レベルが上がったことで、目に付く巧さ、になっているかもな。ちょっとあざとく見えるぐらいに、芝居が巧い。
ここから先はこの目に付く巧さが、目に見えないもっと自然な巧さになってゆくのだろう。
私は小泉さんのそうゆう変化も含めて、このひとりの役者の芝居をずっと観ていたい。

 

この作品の中で一番のいい台詞は、カエデの雇い主でもある奥さんの、旦那さんへの台詞だったかなと思う。
「自分の人生に納得できないなら、あんたも私やお父さんを殺せばいいじゃない。みんな殺して逃げなさいよ。それができないんだから、私の人生台無しにしてる分、文句言わずに生きなさいよ」
というような、そんな台詞。いい。とても。

 

ふとした日常の中、それが行動として表に現れるかどうかの違いだけで、誰の胸の中にも、暗闇は、ある。

カエデが闇に身を落としたとするのなら、そうならなかった奥さん側の人生も確かに現実に、ある。

 

 

上演時間は2時間超。
だんだん小泉さん演じるカエデが本性を出し始めて、それに伴い人間関係のバランスも崩れていくスリルがあるので、初見、お尻さえ我慢できれば飽きずに見ていられる。

 

結局、人が壊れる根本にあるのって、家庭環境であったり、その生い立ちにあるのではないかと改めて思う。

 

カエデはそこで生きて行く上で必要な安心感を得ることができず、ゆらゆらとした不安の中で生きることしか知らないまま、大人に見える年齢になった、オンナ。

役を引きずったままだったってことにしておいた方がいいのかな?(笑)という、得意の出せと言われなくともすぐ出ちゃうっぽいアイドル笑顔をかなり失った表情で、カーテンコールを浮遊していた小泉さんが、大変興味深かった。あの顔は一体、どういう感情での顔だったんだろう。大好きなので、応援はし続けています。

 

まぁとりあえず、スズナリで小泉今日子を観ることができて嬉しかった。

まぁでもやっぱり、スズナリに出るってアタマおかしいよ!!

 

でも私が好きになるのはいつだって、アタマのおかしな人。

 

初日おめでとうございました。

身体には気をつけて、無事千秋楽までゆらゆらと毒を撒き散らし、浮遊し続けて欲しい。